事例研究と査読

山本則子

「引退までに、『ケアの意味をみつめる事例研究』の論文が100本発表されるところを見たい。」

「ケアの意味をみつめる事例研究」方法の開発に着手したころ、そんな風に考えていたが、実際取り組んでみるとなかなか簡単には進まない。律速段階の一つは査読過程だった。優れた看護・ケアの実践知を、多くの人に共有・伝播可能にして、より多くの看護師がより良いケアを提供できるようになれたら、という思いで始まった取り組みである。「どう表現すればこの実践のすばらしさが伝えられるんだろう、ほかの人が参考にしたいときに手がかりになるものは何だろう」ということを最も大切にして書いてみたものがはじまりだった。このため、査読に対しては準備不足だったことは否めない。

研究方法としての確立を目指すうちに、「自分たちは何をやってるんだろう?」「安心して読んでもらうためには厳密性も必要」などと考えるようになり、既存の文献を片っ端から検討するようになった。現象学・哲学、臨床心理学、経営学、教育学、人類学、社会学など、対人援助行為というテーマを共有する領域で、対人援助実践の暗黙知がどのように取り扱われてきたかを学んだ。

対人援助実践の暗黙知には全人性・個別性・文脈性といった特徴があり、従来の実証主義的な研究的アプローチの前提(要素還元・共通性・非文脈性)にはなじまない。一方で、そのような対人援助実践の事例研究の厳密性については、確立されたものは見当たらなかった。だからといって「事例研究なんでもあり」では、人々に安心して知見を読んだり活用したりしていただけないと思った。

このため、なるべく知見のありかたを制約せず、実証主義の考え方を前提としない定性的研究の一部の厳密性を踏襲する形で、厳密性の評価基準の試案を作った(表1)。これはまだ案なので、ぜひ皆様のご意見を頂きながら確立していきたい。実証主義の流儀とは異なる対人援助実践の事例研究に当てはまる厳密性の指標が査読者にも共有一般化され、的確な建設的査読が迅速に進むことを期待したい。

100本の事例研究論文を見るまで引退できない(笑)


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出典:山本則子(2020). 看護実践に関する事例研究のための査読基準の提案とその可能性, 看護研究 53(4), 304-310. p.305の表から一部改変